大判例

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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)7531号 判決

原告

草野トミ

右訴訟代理人

安田実

被告

千代田亜鉛工業株式会社

右代表者

坂田米蔵

右訴訟代理人

天野憲治

外一名

被告

東京電力株式会社

右代表者

木川田一隆

右訴訟代理人

橋木武人

外四名

主文

一  被告両名は原告に対し、各自金四百弐拾万円およびこれに対する昭和四拾弐年拾壱月拾日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その壱を原告の、その余を被告両名の各負担とする。

四  この判決は、第壱項に限り仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一本件事故の発生と亡俊也らの死亡

被告千代田亜鉛綾瀬工場構内南西隅の受電所内に設置されていた本件遮断器が、昭和四二年一月一〇日午前九時四七分頃爆発して同受電所内が火災となり、右事故により同被告従業員である亡俊也、長谷川武良両名が死亡し、同大崎国人が負傷したことは当事者間に争いがない。

二被告千代田亜鉛の土地工作物責任

(一)  本件遮断器設置の経緯等

被告千代田亜鉛が製鉄業を営む会社であり、本件事故発生当時同被告綾瀬工場においては、実務用として被告東京電力花畑変電所より北三谷線二号によつて架空送電される六六、〇〇〇ボルトの特別高圧電力を、受電所西端の門型鉄柱上に被告千代田亜鉛側で設置した線路開器(LS1)に接続した電源側端子において受電し、本件遮断器を経て同受電所内に設けられた五、〇〇〇キロボルトアンペア変圧器により二二、〇〇〇ボルトに降圧したうえ、これを地下ケーブルにより同工場構内の製鋼工場東南隅にある第一変電所へ送り変圧の上消費していること、本件遮断器は右降圧前の六六、〇〇〇ボルト側(一次側)回路(ただし、右受電点より同受電所に設置されている計器用変成器および前記変圧器までの部分)に電気事故が発生した場合、保護継電器の指令により過大事故電流を遮断し、主として右事故による影響が同工場内の二二、〇〇〇ボルト側(二次側)回路に波及することを防止する目的で設置されていることは、いずれも当事者間に争いがない。

〈証拠〉によれば、被告千代田亜鉛は昭和三四年メーカーの立正電機製作所より本件遮断器を購入し、翌昭和三五年より現位置において引きつづき使用していることが認められる。

(二)  本件遮断器の土地定着性

〈証拠〉によれば、本件遮断器の設置されている前記受電所はその周囲に高さ二メートルの金綱をめぐらした無蓋屋外用のものであるうえ、本件遮断器自体も、総重量4.5トン、その一基の高さは約五メートル、横約1.4メートル、縦約1.2メートル(三基併せると横約5.2メートル、縦約1.4メートルとなる。)の容量を有し、その他比率差動継電器(RDF)、過電流帯電器(OOR)、過電流接地継電器(OOG)等の付帯機器ならびに前記五、〇〇〇キロボルトアンペア変圧器(TR)三基、計器用変成器(MOF)(ただし、上記変成器のみは被告東京電力の所有)、計器用変圧器(PT)、同変流器(CT)、線路開閉器(LS)、避雷器(AL)等受電所内に設置された諸機器と一体となつて設置されており、一旦設置されれば容易にこれを取はずし或は移動することは困難であることが認められるばかりでなく、現に被告千代田亜鉛においても本件遮断器を設置以来本件事故発生に至るまでの八年の間引き続き移動させることなく使用していたものであることは前認定のとおりである。しかも、〈証拠〉によれば、本件遮断器の如く碍子型のものは、同じ油入り遮断器のタンク型に比して消費用に使用する油の量は少なくて済むものの、なお少量とはいえ可燃物たる油を使用する点において、消弧媒体として油を全く使用しない空気型、磁気型遮断器の如く爆発、火災の危険性を全く有しないとはいえない(現に、本件事故はその危険性が現実化したことを明らかにしている。)ことが認められる。

したがつて、本件遮断器は、土地の定着性においても欠けるところはなく、また民法七一七条の根本義とする危険責任の理念からも同条にいう土地の工作物にあたると解するのが相当である。

(三)  本件遮断器の設置、保存の瑕疵

1  本件遮断器の不完全開放とその原因

本件事故発生前、本件遮断器は保護継電器の開放指令を受けながら正常に作動せず、消孤室内の接触子対を充分に開放しないまま時間が継続したため、接触子対間に生じた大電流のアーク放電を消弧できず、本件遮断器中消弧室内の消弧用油が高熱により分解、発煙して異常圧力が消弧室内部に加わつたことにより爆発するに至つたことは当事者間に争いがない。

〈証拠〉によれば、本件遮断器が右の如く不完全にしか開放しなかつた原因は、本件遮断器繰作機構中の上部接点と下部接点とをリンク機構(電磁ソレノイド作動により鎖錠をとかれて生じた避断用エネルギーの水平運動を縦運動に変える機械的装置)を介して連絡している樫の木製ピストン・ロッドが本件事故以前に何らかの原因で折損していたことに基づくものであることが認められる(原告と被告千代田亜鉛間においては右ロッドの折損により本件遮断器が不完全開放したことは争いがない。)。

ところで、遮断器は、電力系統(回路)に地絡や短絡事故が生じたとき、速やかに可動後触子を駆動開放して、右事故に伴ない流れる過大電流のアーク放電を消弧し、事故の生じた電力回路を他の回路から切り離して、他の機器や事物への危害を最少限に喰い止めるために用いられる保護装置であり、しかも電力系統の最終の保護器でもあるから、正常時には比較的長期間静止の状態に放置されることが多いにも拘らず、一旦事故が生じた場合には迅速、確実に作動する機能をそなえなければならない。

したがつて、右認定事実に照らせば、本件事故に際して、本件遮断器がその本来要求されている機能を発揮し得なかつたことは明らかであるから、本件遮断器には民法七一七条所定の保存の瑕疵ありというべきである。

被告千代田亜鉛は、同被告において本件遮断器の内部にわたる保守点検を定期的に年数回行ない、本件事故直前の昭和四二年一月二日にも本件遮断器につき無負荷による手動、自動投入、引はずし(開放)、再投入テストを三〇数回繰り返し、異常のないことを確認のうえ、消弧用油の点検、リンク機構への注油等を行なつたから、前記樫の木製ピストン・ロッドの折損に伴う本件遮断器の不完全開放をもつて瑕疵であるとはいえないと主張する。しかし土地の工作物の設置保存に瑕疵があるか否かは、その物が本来備えているべき性能や設置を欠いているか否かにより客観的に判断すべきものでである以上、右主張事実が存在するとしても、前記保存の瑕疵ありと判断を左右するに足りない。

右主張を民法七一七条所定の占有者の免責の抗弁と解してみたところで、同被告は、本件遮断器の占有者であるばかりでなく、所有者でもあるから、右免責事由の有無は民法七一七条の適用上問題とならない。

(四)  因果関係

本件事故の発生ならびに亡俊也の死亡については、後記の如く被告東京電力大島給電所員の過失と亡俊也の過失もそれぞれの一因をなしているものであるが、本件遮断器に前記瑕疵が存しなければ亡俊也の死亡が生じなかつたこともまた明らか(第三者たる被告東京電力もしくは被害者たる亡俊也の行為と損害との間に因果関係があるけれども、これは、それぞれ共同不法行為の成否又は過失相殺の問題を生ずるに過ぎず、当初の加害者たる被告千代田亜鉛の行為と損害との間の因果関係を中断しない。)、その意味において本件遮断器の保存の瑕疵と亡俊也の死亡との間に因果関係が存しないということはできない。

三被告東京電力の民法七一五条による責任

(一)  送電停止の必要、その種類、停止に際しての注意義務

〈証拠〉によれば、被告東京電力は電気事業法二条二項にいう一般電気事業者であることが認められる。よつて同被告はその供給区域内における犯占営業を事業上保障されている反面(同法五条三号)、その事業の公益性の見地より、一般需用家を保護するため、その契約の自由を制限され、正当な理由がない限り電気の供給を拒み得ないものとする罰則付の公法上の義務をも課されている(同法一八条一項、一一七条)。いうまでもなく、電気は国民の日常生活や社会的、経済的活動に不可欠な基礎エネルギーであるから、その不時の供給停止は、たとえ一需用家からの要請によるのであつたとしても、同一送電線により供給を受けている他の需用家に対して不測の損害を与える可能性もあるから濫りにこれを行なうべきものではない。

しかし、電気工作物に故障を生じ保安上の危険が生じ、電気の供給停止が危険の発生、拡大防止に不可欠の手段であれば、一般電気事業者は時間的余裕の程度に応じ電気の供給停止を含む所要の措置をとるべきものであつて、かかる場合の供給停止は前記「正当な理由」にもづく。のみならず、一般電気事業者が故意又は過失によりかような措置をとらなかつたときは不法行為の責に問われることもありうるのである。

〈証拠〉によれば、被告東京電力における電力系統の運用は、電力の需給バランスの全体的調整かつ有機的活用を図る見地より、電力の発送、変電部門から切り離された別個の組織である給電指令系統により実施され、したがつて、電力の送電開始、停止、出力変更、系統切り換え等はすべて所轄給電所の指令に基づき行なわれていること、被告千代田亜鉛綾瀬工場に六六、〇〇〇ボルトの特別高圧電力を送電している前記花畑変電所は、直接には被告東京電力管内二三カ所に設置されている地方給電所の一つである大島給電所の指令系統に属すること、被告東京電力は「給電指令業務規則」を制定し、この中で送電停止の手続きにつき、予じめ停止時期を確定したうえこれを行なう「予定停止」と、事故等により時間的余裕がない場合の「緊急停止」とに区別し、そのとるべき措置の概要を定め、電力系統の運用に携わる職員に遵守させ、その運用の適正を期していることが認められる。

(二)  緊急停止の手続

〈証拠〉によれば、緊急停止の手続に関して前記給電指令業務規則四二条は、

「電気工作物を緊急停止する場合は、その状況に応じてつぎの処置を迅速に行なう。

1  電気工作物の緊急停止を要請された場合は応急対策を講ずる時間的余裕の有無について判定し可能な限り、需給調整、潮流調整等必要な応急対策を講じたうえで関係発変電所等に緊急停止の操作を指令する。

2  時間的余裕がない場合は、ただちに関係発変電所等に緊急停止の操作を指令する。

3  必要な応急対策を講ずるにあたつては関係個所と十分連絡をとり処置する。」

と定めていることが認められる。

なお、〈証拠〉によれば、被告東京電力と一〇、〇〇〇ボルト以上の電気供給契約を締結しているゆる特高需用家は、大電力を消費し、かつ同被告の電力系統に直結していて他の系統に及ぼす影響も大きいことから、同被告はこの需用家と特に常時、非常時における送受電操作又はその停止に関する協議を予め行ない、これを「操作申合書」と称する文書に作成していること、被告千代田亜鉛についても右申合書は作成されており、その「4事故時の連絡及び復旧操作」と題する箇所においては、「千代田亜鉛事故で保護継電器(OCR、OOGR)動作し、受電OBO、1トリツプまたは北三谷線二号停電したとき」の措置として、「千代田亜鉛は、受電OBO、1開放確認のうえただちに大島給電に連絡する。さらに必要の場合はLS1も開放して、所内に異常の有無を確めてから、事故の状況を大島給電に連絡し、その後の操作は大島給電と打合せのうえ行なう」と、同申合書9。付則(4)においては「この申合書に明記していない事項については、そのつど千代田亜鉛と大島給電の両者打合せのうえ臨機の措置をはかることができる。」と定められていることが認められる。

これらの業務規則および申合書の右条項は、一般電気事業者の前記緊急時における注意義務の内容を具体化したものとして適切である。

右申合書4は受電OBO・1(本件遮断器)が正常に作動して開放遮断した場合のことであるのは文言上明らかであり、本件の如く受電OBO・1自体が故障し完全遮断しない場合はこれらにあたらない。従つて本件はその付則(4)にあたることになる。

〈証拠〉によれば、一次側回路の短絡(ショート)、地絡(アース)等の絶縁破壊状態が生じるまでは、計器類の表示により被告東京電力側においてこれを確知しうる手段のないことが認められるから、需用家側からの要請に基づいて緊急停止する場合、まず第一次的には需用家側からの必要性と緊急性に関する具体的内容を伝達する必要があることは当然であるが、被告東京電力側としても、もし需用家側より伝達された情報が不充分なものであつた場合には、適切な釈明を行なう等して運用の適正を期する必要があることは前記給電指令業務規則四二条の趣旨からも否定できないところである。

(三)  長谷川の通話内容

1  〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

本件事故当日、午前九時三〇分頃、突然被告千代田亜鉛綾瀬工場内の電灯、螢光灯などが一斉に異様なちらつき現象を呈し始め、同時に工場内で稼動中のモーターの回転も不調となり、異常音を発し始め、やがて本件速断器から白煙が出始めた。生憎、当日は同工場の電気系統の保守管理に関する総括責任者たる中島管理課長、主任技術者の黒江電気係長、その代行責任者たる吉里電気係員等はいずれも欠勤していた。右の者らについて責任者として勤務に就いていた電気係長谷川武良は、受電所を含む工場内各所を回つて各電気系統の点検調査に奔走したが、まず応急措置として工場内電流の負荷を落すためクレーン、電気炉等の運転停止を指示したり、亡俊也をして工場内第一電所隣電気室に設置されている本件遮断器の遠隔制御盤スイッチを切らせたりしたが、いずれもその効果はなく、本件遮断器からの発煙は一層増大し、また異常音も発し始めた。長谷川は、このうえは送電停止以外にとるべき手段はないものと判断し、工場内製鋼工場東南隅の製鋼現場事務所に赴き、同事務所に設置されていた被告東京電力大島給電所との間の直通保安電話をもつて同九時四三分以前同給電所給電指令室に電話を掛け、右電話に出た同給電所給電指令室当直員(緊急停止については被告東京電力の立場で停止の可否を決定する権限を有する。)たる鞍貫操に対し、事故により受電用O1遮断器(すなわち本件遮断器)が工場側の操作では開放不能であることおよび本件遮断器は発煙しており危険な状態にあること等を説明したうえ、前記線路開閉器(LSI)を開くまでの間五分間に限り送電の緊急停止を要請した。

2  ところで、被告東京電力は、鞍貫が被告千代田亜鉛側の緊急停止の要請に応じなかつたのは、長谷川の通話によつては緊急停止の必要性と緊急性につきその判断をなし得るに足る情報が全く与えられなかつたのである旨主張し、右主張に副う〈証拠〉が存する。

しかし、長谷川は受電用遮断器が開放不能で発煙し危険状態にあると明言しているのみならず、本件事故発生の起原たる電気回路事故に二次側、即ち二二、〇〇〇ボルト側電気系統に発生したものであつたとすれば、被告千代田亜鉛側としては当然一次側、即ち六六、〇〇〇ボルト側に設置されてある本件遮断器を開放することにより処理できるのであるから、大島給電所に、本件遮断器が被告千代田亜鉛側の操作では開放不能だから前記線路開閉器を開放するためと称して、送電停止の要請をする必要はないわけである。もし鞍貫においてなおこの点につき疑念ありとすれば、さらに適切な説明を求めれば一次側であることが一層明らかになるといわなければならない。

また被告東京電力の主張中、長谷川が本件遮断器からの発煙の事実について全く触れなかつたとする点をみると、前掲証拠によれば、長谷川自身も本件遮断器の発煙を目撃していることが認められるばかりでなく、〈証拠〉によれば、長谷川の通話中、厚川製綱課長が背後より大声で本件遮断器から発煙しているから直ちに送電停止をするよう叫んだ事が認められるから、長谷川がかかる異常かつ強烈な印象を与える現象について全く触れなかつたということは極めて不自然というべきである。

さらに、〈証拠〉には、長谷川から最初に電話が掛り、鞍貫と二、三簡単な応答をした直後の時刻は九時四五分頃との記載があり、証人鞍貫もこれに副う証言をしている。しかし、〈証拠〉によれば、長谷川の通話時間は少なくとも二分ないし三分要したこと、長谷川が受話器を置いて製鋼現場事務所を出ていつてから二分ないし三分経過後に本件事故が発生したことが認められる。また、〈証拠〉によれば、竹内は当日午前九時三〇分頃総務課兼管理課本事務所内で執務中螢光灯の異様なまたたきにより異常に気が付き、原因調査のため同事務所を出て工場内の圧延工場、第二変電所等を経た後製鋼現場事務所に立ち寄つた際、長谷川の通話を約三〇秒間背後で立ち聞きし、然る後徒歩により受電所の前を通つて前記本事務所へ戻り、直ちに当日欠勤していた中島管理課長の自宅に電話を掛け、同人より善後措置についての指示を受け、右指示に基づき同事務所内の普通電話により大島給電所へ送電停止の要請をすべく電話が空くのを約一分間待つていたところへ被告東京電力からの電話が掛り、馬場副工場長の指示により竹内が受話器をとり送電停止を依頼した直接一分以内に本件事故が発生したこと、製鋼現場事務所と前記本事務所間の距離は約一七五メートルあることが認められる。これらの事実ならびに〈証拠〉を考慮すると、長谷川が大島給電所へ電話を掛けた時刻は、遅くとも午前九時四三分以前であつたと認めるのが相当である。

結局以上の検討によれば〈鞍貫証言〉はにわかに信用し難いといわざるを得ない。

(四)  神出の送電停止要請

〈証拠〉によれば、管理課職員神出直治は、当日前記本事務所内で執務中、午前九時三〇分頃前記竹内同様螢光灯の異様なまたたき現象から電気系統の事故であることを感知し、直ちに受電所へ駈けつけ本件遮断器からの発煙を目撃し、一旦本事務所へ引き返して右の事実を事務所内の者に告げ受電所へ戻つたところ、ちようど亡俊也が本件遮断器の手動操作棹を引いて手動開放を試みていたがその効のないことを目撃したため、このうえは被告東京電力へ送電停止を要請する以外に手段はないものと判断し、本事務所へ戻り事務所内の普通電話により大島給電所へ電話を掛け(ただし、給電指令室に通じたか否かは明らかでない)、元の碍子型遮断器から発煙しているので至急送電を停止して貰いたい旨要請したこと、しかし電話に出た大島給電所職員(氏名不祥)は、おいそれと送電を停止するわけにはゆかない旨述べ、その後若干押問答が繰り返された後、右職員は後刻給電所側から電話する旨を約して右通話は一旦打ち切られたこと、その後三分ないし四分後に大島給電所からの電話が本事務所へ掛つたが、右電話には前記のように竹内が出たことが認められる。右事実に照らせば神出が大島給電所へ電話を掛けた時刻は、長谷川が直接保安電話により電話を掛けた時刻とほぼ同じ頃であものと推認される。

(五)  むすび

以上によれば、被告東京電力大島給電所給電指令員鞍貫操および神出より電話を受けた同給電所員(氏名不詳)は、各通語内容により被告千代田亜鉛綾瀬工場一次側の本件遮断器が遮断(開放)不能に陥り危険な状態にあることを知り、また容易に知るべきであつたのであり、したがつて速やかに緊急停止の措置を講ずべきであつたにも拘らず、徒らにこれをちゆうちよして時間を空費した過失を免れない。〈証拠〉によれば、大島給電所給電指令室から花畑変電所に対する緊急停止の操作指令に基づき、実際に送電が停止されるまでに要する時間は一分を要しないことが認められるから、右指令員らが速やかに緊急停止の措置をとれば、本件事故を招来しなかつたことは明らかである。よつて右指令員らの過失により本件事故が生じたというべきである。

四被告両名の共同不法行為責任

本件遮断器の保存の瑕疵および被告東京電力の前記被用者らの過失は互いに相関連し、前後共同して本件事故を招来したものということができるから、被告千代田亜鉛および被告東京電力は、それぞれ本件遮断器の占有者又は所有者(民法七一五条)および前記被用者の使用者(同法七一五条)として、同法七一九条所定の共同不法行為責任を負い、原告の被つた後記損害を連帯して賠償すべき義務がある。

五損害

(一)  被告千代田亜鉛就業規則と本件損害賠償の関係

〈証拠〉によれば、被告千代田亜鉛規則第三九条は「災害補償は左の六種とする、但何れも業務上の災害を謂う」として、その第四号は「遺族補償 平均賃金の千日分」と定めていることが認められるが、右条項は同条の第一ないし第三号、第五、第六号の各文言と対比すると、労働基準法七九条、旧労働者災害補償保険法(昭和四〇年法律第一三〇号による改正以前のもの)一二条一項四号をそのまま引用したものと解される。もちろん、かかる災害補償に関する受給規定を労働契約や就業規則をもつて定めることは法令に反しない限り差支えない。

さて右就業規則三九条のような労働者の損害賠償債権条項は特別の事情がない限り労働契約にとりいれられたと推認すべきところ、右条項の対象となるのは、右のような引用からみて労働基準法所定の使用者の無過失災害補償義務についてだけであつて、民法七一七条を含む不法行為にもとづく義務についてではないと解される。すなわち右就業規則三九条四号の趣旨は、労働者の遺族が、当該労働者と使用者との間に労働契約の存在すること、当該労働者が業務上死傷したこと、その平均賃金額を主張立証すれば、使用者の保護義務違反等を主張することを要せず、右就業規則所定の遺族給付を当然請求できるが、その金額は平均賃金の一、〇〇〇日分に制限され使用者はこれに対し帰賃事由なき旨の抗弁を許されない、というにすぎず、労働者の遺族が土地の工作物の瑕疵等不法行為の成立要件を主張して損害賠償を請求する場合もその債権額が平均賃金の一、〇〇〇日分に制限されるというものではない。もしそうでないとすれば、本件の如き場合はもとよりのこと、使用者が故意又は過失により労働者を業務上死亡させた場合にも権か一、〇〇〇日分の平均賃金を支払えば一切の損害賠償義務を免れるというに帰着し、近時この種事案につき妥当と解される損害額に比し甚だしく低額に失するのであつて、使用者が右条項を不法行為上の損害賠償義務にまで適用させる意思でこれを制定したとみることも、右適用が労働者の意思を媒介として労働契約の内容となつたとみることも、著しく不合理となるからである。

しかも右就業規則にいう「遺族」とは、労働基準法施行規則四二条ないし四五条、現行労働災害補償保険法一六条の二所定の遺族を指称すると解されるが、右は民法上の相続人とは必ずしも一致しない。現に〈証拠〉によれば、亡俊也の死亡に伴なう遺族補償年金の保険給付は、亡俊也の相続人たる原告が六〇才未満で、かつ亡俊也と生計を一にしていなかつたことにより、同人の妹美登里に支給されていること、ただし、当初は請求者の希望により現行労働者災害補償保険法附則四二条に基づく一時金として亡俊也の平均賃金四〇〇日分である三八七、六〇〇円が支給されたことが認められるのである。この点からみても右就業規則三九条は原告の不法行為債権とは無関係の条項である。

被告千代田亜鉛の賠償額制限特約の主張は失当というべきである。

(二)  亡俊也の逸失利益

1  損害の算定

亡俊也は昭和二一年七月一八日生れの男子で、昭和四〇年三月福島県立平工業高校を卒業後直ちに被告千代田亜鉛へ入社し、同被告綾瀬工場電気係として勤務していたことは当事者間に争いがない〈証拠〉によると、亡俊也は昭和四一年中に三八六、一一一円の給与(賞与も含む。)を得ていたことが認められる。亡俊也が本件事故当時未だ独身で同被告の独身寮に起居していたことは当事間に争いがない。〈証拠〉によると、亡俊也は原告に対しては盆、正月に小遣い銭程度の送金をしたことはあつたが定期的な仕送りは別段していなかつたことが認められる。

亡俊也は死亡当時満二〇才であり、〈証拠〉によれば、亡俊也の健康状態はよかつたことが認められるので、同人は六三才に至るまで今後四三年間稼働しうるものとみられる。被告千代田亜鉛の定年が五五才であるとしても、亡俊也は定年後六三才に至るまで他で就労して右程度の収入を挙げられるといえる。その収入を得るための生活費は右収入のおよそ四〇パーセントといえるから、亡俊也の年間逸失利益は二三〇、〇〇〇円とみるのを相当とする。

そこで、同人の逸失利益の現価を求めるため、年五分の中間利息を控除すべく、年別複式ライプニッツ方式により算出すると、右二三〇、〇〇〇円に四三年の係数17.545を乗じ四、〇三五、三五〇円を得る。これが右現価である。

2  過失相殺

〈証拠〉によれば、被告千代田亜鉛綾瀬工場管理課においては、毎月一回安全教育研修を催し、その席上では遮断器から煙が出ていたり、異常音を発していた場合には危険であるから近寄らぬよう指導がなされたこともあつたこと、本件遮断器は過電流継電器または比率差動継電器作動による自動引はずしまたは遠隔制御盤スイツチ操作による引はずしが不能である以上、これを本件遮断器自体に取り付けてある手動棹操作により開放することは不可能であることが認められるから、発煙状態にあつた本件遮断器には近寄るべきではない。

ところが、〈証拠〉によれば、長谷川は被告東京電力側から電力の緊急停止を得られないので受電所に急行し、すでに異常音を発し発煙量も増えてきた本件遮断器に敢えて接近していた大崎国人と亡俊也とを制止することなく、自らも亡俊也とともにそのカバーを外している最中本件爆発事故の発生を見たことが認められる。亡俊也のこの行動は、切迫した状況における職務遂行の使命感ならびに興奮した心理にもとづくと推認されるが、これを考慮に入れても、なお同人に過失があることは否定できない。

〈証拠〉によれば、被告千代田亜鉛は東京都財務局管財課勤務の黒江卓(主任技術者免状を有する。)をして、同被告の電気事業法七二条所定の自家用電気工作物の主任技術者(兼綾瀬工場管理課電気係長)を兼ねさせ、問人不在の際の主任技術者代務者に同課管理係員を選任し、なお武蔵工業大学電気工科卒業後五年目の電気技術者吉里進をして黒江の下で電気設備の保安等を担当させ、さらに前記長谷川、亡俊也らを吉里の指揮下で右保安作業をさせたことが認められる。

この陣容では、地方公務員として職務専念義務を負担すべき黒江が果して同被告の電気設備の保安につき平常どの程度の実質的貢献をしたのか疑わしいばかりでなく、安全教育一つをとりあげても、前記のように本件遮断器の危険性につき指導をしたことがあるとはいえ、本件遮断器が異常音を発し、発煙量も増えているにもかかわらず、従業員三名もがこれに接近して作業を敢てし、これを制止する者があつたとは認められないことなど、安全教育不徹底であつたといわざるを得ない。

さらに〈証拠〉、前記認定事実によれば、同被告の保安装置は極めて弱体であつて、その一次側遮断器もまた前記の如く瑕疵あるため本件事故に際しその用をなさかつたことが明らかである。

このように被告千代田亜鉛の保安体制は人的物的にも甚だ問題の存するところであり、これが本件事故の発生と損害の増大に寄与したものであるから、亡俊也には前記のように過失が存するにせよ、その過失割合を定めるに当り同被告の右保安体制を考慮しなければならない。

よつて、このほか被告東京電力側の前記過失も考えて、亡俊也の死亡に対する同人自身の過失割合を約一割と解し、前記1、の逸失利益額につき右過失相殺をして、賠償すべき額を三、六〇〇、〇〇〇円とするのを相当とする。

3  原告の相続

原告が、配偶者なき亡俊也の母であることは当事者間に争いがないから、原告は亡俊也の右損害賠償請求権の二分の一である一、八〇〇、〇〇〇円を相続したことになる。

(二)  慰籍料

〈証拠〉によれば、原告は渡辺哲男と昭和一七年四月二〇日婚姻し、同人との間に男子三人、女子一人を儲けたが、夫哲男は昭和三二年暮頃より原告ら母子を遺棄したまま蒸発してしまつたので、以後は事実上の母子家庭として、原告は二男の亡俊也以下三人の子供の教育に並々ならぬ労苦を重ね、とくに長男が就職後間もなく事故により身体障害者となつた後は亡俊也の将来に格別の期待を寄せていたこと、本件事故による亡俊也の遺体は黒焦けとなり生前の面影を止めないものであつたため、原告には遺体との対面も許されなかつたこと、亡俊也の死亡後原告は約一年間放心状態に陥り、体調も悪化して病院通いに明け暮れたことが認められ、その他諸般の事情を考慮すると、原告の精神的苦痛に対する慰藉料は二、〇〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。

(三)  弁護士費用

原告が本件訴訟追行を原告代理人に委任したことは記録上明らかであり、〈証拠〉により原告は着手手金として五〇、〇〇〇円を原告代理人に支払い、なお本件完結後相当額の成功報酬を支払うべき旨約していることが窺えるが、本件事案の内容、本件における被告らの抗争の程度、前記認容額等の事情を考慮すると、本件事故による亡俊也の死亡と相当因果関係にある被告両名に負担させるべき弁護士費用は四〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。

六結語

以上の次第であるから、原告の本訴請求は、被告両名に対し各自金四、二〇〇、〇〇〇円およびこれに対する本訴請求拡張申立書送達の翌日であること記録上明らかな昭和四二年一一月一〇日以降支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において、理由があるからこれを正当として認容し、その余の請求を失当として棄却する。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項但書、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(沖野威 佐藤邦夫 大沼容之)

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